前の日記からの続き。

12年に1度、卯年祭りの
地歌舞伎奉納のこと。


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大木六集落の歌舞伎は
昔から有名なのですね。

耳には入っていたけれど、
右から左へ抜けていたような。


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プロの歌舞伎座一門、
京枡屋さんの指導で、

地元の方達が本格的な演技で
舞台に臨んでいました。


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美しいセット。
響き渡る三味線と、浄瑠璃。
かっこいい。


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また脱線。

宮司さんが召されていた
真っ黒な羽織がやけに古くて、

裏を見せていただくと、
大正だ〜。状態がいい。

躍動する唐獅子牡丹。


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お宮の中へ。

祀られているのは、
二柱の神様。

木花咲耶媛姫命と、
地元、巻機山の天織姫命。

そう、機織りの神様です。


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その年、一番最初に織った
反物の端を結びつけて、
お参りしたそうです。

(生まれて初めて織った布を、
との話もアリ?)

昔は格子が布で埋まって
見えないほどだったとか。

今はチラホラ。

塩沢お召しとか越後上布、
紬などがありました。

十日町から参拝する方も。


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最深部。

これまで3度、
名前が変わっているそうです。


上杉謙信公が関東征服の帰りに休み、
その際の寄進で再建された歴史も。


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神社総代の方から、
お話を聞けました。

付いてきていただいた方が
取材のプロだったので、

臆さずにさくさくと
情報へ近づいてゆく。


知りたいことは怖がってちゃ
だめねぇ、近づかんと…


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さらに神社脇の
石垣が立派なお宅へ。

代々の宮司を勤めてきた
お家の方からお話を聞く。

*今は東京へ引っ越して、
お祭りなどの際にだけ戻り
神事を行うのだそうです。


写真は翌日の御神廻行列の際に
着用するという衣装。

これも多分、大正くらい。

美しい正絹地だけど、たっぷりと
生地を使っているので重かった。

(下にはブルーの袴)

行列で賽銭箱をかつぐ係が
一番キツくて、

その代わりに次回は
一番いい役(山大夫)を
もらえるという。

…次って、つまり12年後。


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連綿と続いていくのでしょう。

上から下まで世代が満遍なく、
神社の広場に溢れていました。

地元に残らずとも、
お祭りの際にはまた戻って。

そうして続けてゆく方法もある。



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じきに壊される家の壁に。


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その庭先に。


家を建て直す時、壊すとき、
大型重機で容赦なく更地にしてしまうな。




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ちょっと面白かったので。

春先によく見られる風景。

古くなった漬け物を、
雪の上にボンボン投げ広げる。




メモ。

★平安時代中期

982年 天元5 早川開村
997年 長徳3 舞子開村
1053年 天喜1 平等院鳳凰堂建立
1160年 平治2 八竜新田開村 長崎開村

*木六の開村は1160年、1162年の説がある

★平安時代後期

1164年 長寛2 五郎丸集落 信州より来る
1185年 寿永4 壇ノ浦の戦い 平氏滅ぶ

★鎌倉時代

1199年 正治1 雲洞開村
1267年 文永4 木六神社 現在の宮原の地に還宮
1274年 文永12 元が攻めて来る (1回目/文永の役)

★南北朝時代

1338年 暦応1 足利尊氏が室町幕府を開く
1365年 貞治4 大里開村




*神社総代の荒川さんから
 資料のコピーをいただきました。
 ありがとうございました。


早川村って1,000年以上昔に
開いたんだ…。

縄文時代の遺構があるから、
ずっと昔から人は居たんだけど。

おもしろい。

私のご先祖はずーーーっと、
1,000年間も早川に暮らしていたんだろうか。

千年紀って案外、短い?