9-16-26

今日は5時半起きで
隣の市へ買い出しです。

解体直前の蔵の中へ。

寝なくちゃと思いながら、
日付を越えてしまった。

感情の蓋を
締め切れないほどの

こみ上げる圧力は収まり、

日々、理解してゆく
繰り返し。


9-16-1

そこに布団がある意味は、

出かけるときには窓を閉めて
エアコンのスイッチを入れたのは、

扇風機がやたらとはじっこまで
首を振るように調整されてるのは、

玄関から台所へ向かうときに
まだ生きているだろうかと
無意識に願っていた癖は、

そうしてそこには
何も寝ていなくて、

毛布を洗い干して、
空調の心配は無く、

扇風機も自分にだけ
当たっていれば良く、

新しい覚悟と一緒に
お家に入る。


9-16-2

訂正ですr(-_-;)

手塩さんをもらってきた日の
写真の日付は、1995年8月3日。

両手でカウント。
…17歳半だ。

1歳増やしていました。


9-16-5

きれいなお花をいただいて
おやつは墓前にお供えして
(それから父と母が美味しく…)、

メッセージやコメントも50通以上。

(ブログへのお言葉には
全て返信してあります。

FaceBookは後ほど)

生きてゆき
関わりを持つという
ことばの実態は、

こんなに沢山の人の
記憶の中に
残るということ。

悼む側に立っているうちなら
まだたくさんの場面を
残る側に、残してゆけるようです。

日々を生きていると
送りあえる、贈りもの。


思い出があるほどに
お別れが悲しいけれど、

絆を結ぶ為に
命があるのかな。


9-16-4

買い出し荷物、
たくさん入っています。

十日町の絹織物の
ハギレいろいろ。


9-16-3

ボードに貼ってみました。

もっと大きな布を
スタッカーで留めてみたい。


9-16-20

きれいなガラス窓。


9-16-21

一閑張りとか
灯りづくり等…

和紙素材にどうぞ。


9-16-22

アイアンフックなど
再入荷しています。


9-16-23

上質な大判ウールラグも。


9-16-17

様々な日が過ぎ行く。

素敵なライブが
あったり。

ボーカル + シタール × スチールパン。

9-16-24

懐かしい顔が
妊婦さんになっていたり、

妊婦さんだったのが
すっかりお母さんだったり。


9-16-18

片貝花火で四尺玉の響きを
草むらの上、
横並びで見上げたり。


9-16-19

芸術祭に絡めての
ショートフィルムをみたり。


9-16-6

今回の大地の芸術祭、

個人的に一番最後の
訪ねおさめになったのが、

田園の中の異国
アウトランド。


9-16-7

梵字院での
クリスタルボールコンサート。

虫の声と一緒。

鎮魂の空間。

手塩さんが
十三体の仏様に囲まれて、

どこかかわいらしく楽しげな
梵字書をいただきました。


9-16-8

知の巨人が残した
書物の宇宙に、

新しく生まれ変わった
会議室の机。

座りやすくて、
機能的な形。


9-16-9

会期はいよいよ、
今日までとなりましたね。


9-16-10

ともに白髪の生えるまで…


9-16-11

これも白髪。いや違う。


9-16-12

いつでも行けるからと
後回しにしていた
松代の農舞台。


9-16-13

積み重ねのうつくしさ
渦巻く。


9-16-14

極小の目覚まし時計、
苔むした場所でお昼寝中。

バリケードが無かったり、
写真撮影もほとんど
禁止されていなくて、

どの作品も
身近に感じられます。


9-16-15

遠ざけ生じる
ありがたみとか、

そんな技は蚊帳の外側。

まじまじ鑑賞するのに
耐えうるのは、

本当にたくさんの
時間や手間を費やして、

どれもが作られているから
かな…


9-16-25

臨床美術ワークショップ。

即興の思いつきだって、
あり。

楽しさから、作ることを
始めてみたとしたら??


9-16-16

ほとんどの写真が
このまましばらく
眠ってゆきそうですが(._.;)

また折りをみて。

そして、芸術祭巡りは
また3年後に!


9-16-27

これは、作品ではないけれど。

豪雨や豪雪の被害で崩れた山々を
少しずつ直してゆく

工事中の姿も、アートでした。

すごいことが、
できるものだ。

壊れても、作り直す。

剥がれても、新しく。

日々の代謝の繰り返し。